遺言「死者の無念を希望へつなぐ」より
　原爆の子　竹之下三夫
　　三菱兵器大橋工場で被爆、小学校に収容された竹之下三夫さんは、九月に入って、あの日生まれた子供の死を知らされます。

　その後どれくらいたったのかよく覚えていませんが、佐賀にいた父と兄が捜しに来てくれました。父は医者の紹介をもらって、九月五日に私を九大病院に入院させました。病院で気がかりだった妻のことを尋ねると、父と兄とで捜し出して佐賀に連れて帰ったと言ったので安心しました。ところが、私の容体が大分落ち着いてから、妻の死を知らされました。
　妻は玄関先で被爆したようで、両足の甲に三センチくらいの火傷があるだけで外傷はなかったそうです。けれども、爆風のショックで産気づいた妻は自宅から百メートル位のところにある防空壕まで一人で行ってお産をしたようです。きっと誰かがいろいろ手助けをしてくれたのでしょうが、今となってはわかりません。何もないところでのお産だったようでした。父と兄が佐賀に連れて帰ってから息を引き取ったそうです。八月二十一日のことでした。まだ二十六歳という若さで子どもを残して死なねばならなかった妻は、さぞかし無念であったろうと思います。
　八月九日に生まれた子は女の子で、九ヶ月の未熟児でしたが、赤ちゃんというよりは、まっくろな子どもであったそうです。父がサヨ子と命名してくれ、病弱だった母が育ててくれました。
　赤ちゃんの面影もなく生まれた娘でしたが、それでも精一杯生きようとしてくれたそうです。その子も二ヶ月あまりで死んでしまいました。私は一度も抱いてやれませんでした。
　八月九日に生まれたまさしく原爆の子でした。私は妻と娘の葬式にさえ立ち会えませんでした。だから今でも妻が死んだとは信じられません。本当に一瞬のことだったのです。