舞い落ちてきたビラ(K・Y)

(前略)考えてみますと、私が小学校に入学したとき“ススメススメ兵隊ススメ”、運動会では軍歌での遊戯、やがて日支事変が大東亜戦争へとエスカレートしてしまいました。女学校では英語も一学期で中止になり、3年になると毎日雷管工場に弾丸づくりに動員され、皆、お国のために死ぬことこそ“最高の栄誉”であると思うようになりました。だから私は、卒業すると女性で戦場へ行ける日赤の看護婦を目指しました。反対する父に内緒で受験、合格すると父は仕方なくささやかな宴で送ってくれました。(中略)

 ある日のこと、例のごとく警戒警報が発令され、B29のキーンという爆音がしましてやがて空から雪のようなビラが舞い落ちてきました。ハガキ大の紙に“ニッポンヨイクニハイノクニ 広島ノムスメサン ハヤク ソカイセヨ”と記してありました。直ちに憲兵がビラを集めてまわりました。それから2・3週間も過ぎた8月6日午前7時頃、いつものように警戒警報が発令されましたが、すぐに解除になり、8時15分頃です。私は院内の寄宿舎でしたが、“今日も暑くなりそうね”と空を眺めていると、突然フラッシュを何十万発も一度に焚いたような閃光がワアーと反対側の方に向いました。何歩歩いたのか、気が付いたときは、建物の下につぶされていました。空間はゼロで蛙を押しつぶした形で呼吸もやっとでした。遠くでドカーンという音がしていました。ふと母の顔が浮かんできました。“もう一度会いたい”。しかし、もう駄目だ。足腰の痛さも何時の間にか感じなくなっていました。幸い左手だけが外に突き出ていました。

 私の前にも誰か倒れていました。次第に意識が薄れていくなかで婦人従軍歌が聞こえてきました。後でわかったのですが、出血多量のSさんが無意識に歌っていたのです。誰かが私の左手を握り、“あなた誰なの”。私は答えようとしても声が出ないのです。その人は脈をとり、“まだ大丈夫、しっかりするのよ、助けに来て貰うからね”。やがて“頑張るんだぞ”と男の人の声がしました。何十時間にも感じた中で一番最後に出していただきました。病院の軍の患者さん達が助けに来て下さっていたのです。

 私がタンカで運ばれると間も無く一度に火がついて、あっという間に、そこは火の海となり5分遅かったら下敷きのまま焼かれるところだったのです。運ばれたところは窓も戸も崩れ落ちた病室でした。しかし、そこも火がめらめら入ってきました。でも重症の私は運んでくれません。私はガラスの飛び散った床を両手のみでヤモリのように這っていたら、級友のKさんが見つけて背負って病院の玄関の方へ連れていってくれました。そのとき私は外を見てびっくりしました。

 一体何が起こったのでしょう。私は夢を見ているのではないかと我が目を疑いました。あの広島市内の建物も電車も人もなく、見渡す限り焦土になっているではありませんか。そして、玄関前の防火水槽あたり一面は、真っ黒に焼け焦げた人々が山のように折り重なって倒れているのです。息の絶えている人、ピクピクと動いている人、水を下さいと手を出している人、着ていた衣類がそのまま焼けついて所々皮膚が破れて赤い肉が出ている人、また、2・3歳くらいの女の子が裸同然に焼け、片方の目は飛び出して、“お母さん、お母さん”と黒焦げになった人々の中を捜していました。まるで地獄絵を見ているようでした。(中略)

 被爆者は私達だけでたくさんです。全世界の人々に声を大にしてそう申し上げます。世界はみんなのものですから。